仕事帰りに、当社副長である永井とお好み焼き屋に行きました。震災の影響で東戸塚駅周辺も閑散としておりました。現況について語る中、互いに車だった為、ウーロン茶でお疲れさま。
その中で話題に一つにあった、

“意識・価値観について”

私自身、言葉で表現するより、文章にする方が得意なので文章で表現してみます。
「会社は利益が出ていようがいまいが、常に奢らず、大風呂敷を敷くことなく、財布の紐を締め、常時臨戦態勢でいなければならない。なぜなら、社員とその家族やお客様や取引先業者を守る責務と恩義があるから。その人たちに、私自身が生かされている。ゆえに、次の戦略の軍資金・苦しい状況に備えての社内留保金としなければならない」 
 しかし、社員にはなかなか理解されない部分がこの“壁”

今はこのような社員は当社にはいませんが、元社員A君達曰く「経営者の勝手な理屈ではないか。自分達だけがいい思いをするための単なる詭弁じゃないんですか?僕は金を稼ぎたいんです」この意識の違い、目線の違い、価値観の違い、いわゆる“壁”です。
同志としてのミッション(使命)を見失い、目的が金銭目当てに変わり果ててしまった無責任な社員に限って、目先の事しか見えていないものです。
しかしこの壁と言うものは、自らが身銭を切り、四苦八苦し、翻弄し、思い悩み、責任負い、保証人になるような立場でないとなかなか理解されません(泣)
寅さんじゃないですが、男はつらいよ。です。

企業が無くなる=社会的害悪である。なぜなら、株主に損害を与え、失業者を創出する。それは、直接的間接的に、膨大な公的資金(行政手続、失業保険など)が投入されるわけで。企業は利益を生み出し存続することで、協力取引業者などへの仕事依頼・商品発注や、社員の雇用を安定させることが可能になるわけで。
社会全体の一員として、利益の一部を税金(法人税や消費税や市県民税等)で社会へ還元し、初めて社会貢献を果たすことこそが、企業の責任。
大企業が環境保全活動への取り組みをしたり、社会貢献活動の資金援助を行うなど、そういったことは既に当たり前の姿勢となっている今、社会から必要とされる優秀な企業を目指す目的でなければ、企業としての存在意味も価値もない。
その前提として、社員一人一人が意識を高く持ち、塵も積もれば精神でコツコツと積み重ね、適正な利潤をあげる努力をする。それが企業としての義務である。という認識がなければならないし、結果として企業が存続する条件ともなるでしょ。
と、多分ここまで言いたかったのですが、いつの間にか問屋のOさんの口癖の話や、塗装屋のトシ君の話、果てには、二男坊とは…についての話しになってしまいました(笑)
次回の続きは、互いに焼肉屋に行けるよう頑張りましょ。

わっしょいっ!